まどぎわメモリー

カフェポエマーぱりんこのブログです。窓際の席から緑を眺めて気力を維持しています。ひとりの時間がすきなにいがた人。

「子どもにでもできる」「誰にでもできる」を真に受けてはいけない。

「子どもにでもできるから大丈夫!」と言われたが、全く大丈夫ではない。

 何かを組み立てることが大の苦手だ。

福祉関係で短時間のアルバイトをしているが、最近は来月行われる行事に向けて、必要な小道具を作る時間が多い。

保育園や幼稚園に比べたら、何かを製作しなくてはいけないイベントごとはほとんどないので、そこがいいなと思っていたのだけれど、全くイベントがないわけではない。そして、昨今のハロウィンなど、何を祝ったらいいのかよくわかっていなくても、とりあえずこなさなくてはいけないイベントが増えていくのはつらい。

 

 

 

隣で空き箱を綺麗に組み立てている人の美しい作品をみたあと、手元にある自分のぐちゃぐちゃな謎の物体を見ると、(嗚呼、なんでこんな、苦手でしかないことをしてるんだろう…)と毎日思ってしまう。けれど、「事務的なバイトには全く受からないから」という結論に行き着くので仕方がない。

 

 

そうそう、その隣で美しい作品を作っていた、還暦間近だけどわたしより数百倍体力もあるおばちゃんからは、「子どもにだってできるんだから大丈夫よ!」と言われたが(本人は励ましているつもりなのだろう)全く大丈夫ではない。

子どもたちが簡単にできる折り紙や工作、手芸なんかも教えるどころか何もできない。紙には丁寧に作り方や平面図が書いてあるけれど、この作り方の用紙は一枚の紙なわけで、「これをこうしたらこうなるんだろうな」と頭の中で組み立てることがまず無理だ。よって、以上の言葉は、なんの励ましにもならないどころか、子どもができることもわたしにはできないんだ…なんて無能なんだ…と自尊心をえぐられるだけなのだ。

 

あなたは、りぼん派?なかよし派?

そうそう、あれもわたしは大嫌いだった。小学生時代、りぼんやなかよしを買っては、みんなわくわくして作るふろく。

作り方がイラスト付きで書いてあるというのにさっぱりわからなかった。穴に突起をさしこんでも、ずれてくることにイライラして、セロハンテープを何枚も貼っていた。そうして無理矢理組み立てた(と呼べるかどうか)ものはぐちゃぐゃで貧相で、適当に作ったものだから愛着も湧くはずがなく、すぐにごみになっていた気がする。

 

 

生まれてからほぼ、黒歴史なわたしが、ふとカードキャプターさくらや、神風怪盗ジャンヌを思い出し「なりたかったな…」とほんのり淡い気持ちになりつつハッとした。

そういえば、「なかよし」と「りぼん」2冊どちらも買ってもらっていた時期があったんだなぁ。そうしてふろくはセロハンテープをビシバシ貼ってごまかしつつは捨てる。なんと贅沢で傲慢な子どもだったのか。おしゃれミニマリスト目指そうかな?どころの話ではない。

 

 

 

その点、大人になった今の雑誌のふろくはいい。普段なら絶対に買えないブランドのバッグが完成品のまま入っている。まぁ、すてき。無力感を味わうことなく心を満たしてくれる。ファッション雑誌なんて滅多に買わないんだけれど。

それでも、リンネル5月号の付録についていた、ムーミンのキルティングマルチケースは、お薬手帳やら診察券やらいれるケースとして通院日の相棒になっている。これで、受付時に診察券やその他もろもろを「あれ!?どこにいれたっけ?あっ…!」とカードを盛大にばらまくイベントは消滅した。

 

 

不器用で済まされるのか?脳の問題じゃないか?

そうそう、家庭科の授業も、もう悲惨だった。ナップザックとか、クッションカバーとか、なみぬい…いや、針に糸を通すところから無理だった。こそこそと出かけて糸通しをダイソーで購入した。

理科で作るモーターカーみたいなやつも、ほぼ全て、お世話好きで優しく、いろんな意味でふくよかな「もえちゃん」が作ってくれた。ほんとうに助かった。けれど彼女はどこかへ転校してしまったようだ。小学校高学年以降の記憶がない。今ぼんやり思い返してみたけれど、もえちゃんの精神年齢にわたしはいまだ達していない。

 

 

 

みんなが簡単にできている裁縫もできないなんてだめだ!大人になるまでに練習すればきっとできるようになる!」と、当時はまだ努力論を信じていた子どものわたしは、クラブ活動を、今まで入っていたバドミントンクラブから、手芸クラブへ移った。 トーカイという手芸ショップに行って、ピカチュウの人形キット(もちろん、「だれでもかんたん!」と書いてある)を買った。練習した。不気味なものができた。泣いた。

 

 

 

そんなこんなで、子どもにもできる!簡単だよ!のプレッシャーの壁に何度もぶつかり、心がバキバキになり、早くラクになりたい…と思いながらもわたしは28年間生きてきた。

今は「誰にでもできる簡単なお仕事です」のアルバイト求人の壁にぶつかっている。