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まどぎわメモリー

カフェポエマーぱりんこのブログです。窓際の席から緑を眺めて気力を維持しています。おいしいもの・健康・日々のもやもやなど。にいがた。

パディントン珈琲店さんへ。くまと白山神社に見守れながら、読書の時間。

新潟市中央区白山神社目の前の「パディントン珈琲店」さんに行ったときの記録です。

 

くまのパディントンとわたし。

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白山神社の目の前の二階にあるパディントン珈琲店さん。

はじめてその姿をみたのは、小学6年生のとき。

社会科見学?歴史探検?のときにそばを通ったんだ。

たしか、班ごとにわかれて、メンバーで計画を立てて、新潟の歴史を学ぼう!みたいな校外学習だったと思う。新津記念館に行ったんだっけ。歴史博物館にも行ったような気もするし。とりあえず、あのときはまだ、みなとぴあなんておしゃれな名前はなかった。

 

 

グループ活動は大の苦手。誰も嫌な子はいなかったし、ちょっぴり気になっていたコナンみたいな男の子もいた。それでも、居心地はよくなかった。

一対一なら話すことができても、もう一人増えて”グループ”になるだけでとたんに嫌になってしまうのは、今も変わらない。

 

わたしは色々なことが過敏で、ひとがいっぱいいるところにいるとイライラする。エネルギーをすいとられたような気持ちになる。音にも敏感で、車の中でテレビや音楽を流されていると、とてつもない爆音に感じて消したくなる。

どうしてこんなに生きにくいのだろう。 

 

 

 

 

その校外学習の時の記憶。

白山神社の前をみんなで歩いて通ったとき、向かい側にパディントン珈琲店が見えた。どきんとした。かわいい名前。

(この喫茶店、パディントン珈琲店だって。かわいいねぇ・・・)

そんなことを想いながらふとまわりを見ると、みんな必死にマップ片手にバス乗り場を探していた。嗚呼、すごいな。わたしは余計なことをして恥をかいて、これ以上自尊心を傷つけたくなかった。これまでの子ども時代に培ってきた、自分を守る防衛反応だ。

 

 

 

 

ちょうどこの頃、わたしは「くまのパディントンシリーズ」を図書館で借りていて、愛くるしく、にくめないパディントンが大好きだった。内容は申し訳ないくらい、覚えていないのだけど、挿絵は自由帳にまねしたりしていた。休み時間は、グループで話をしているよりも、誰もいない静かでほっとする居場所を求めていた。けれど、変人として、自分を確立する強さもなかったので、とりあえずそれなりによいこそうな子たちのなかにいて、愛想笑いをして話題についていこうとしていた。ような気がする。

記憶は捻じ曲げられるものなので、周りから見れば、わたしは変人以外なにものでもないくらい浮いていたのかもしれないけれど。

とにもかくにも、当時から、人間社会になじめない感を感じていたことがよみがえる。

 

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 15年越しに入るお店。

 

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お盆終わりのこの日。

ぷらぷらと上古町商店街を散歩をしていると、あの時グループになじめない感を感じつつも横目でみた、「パディントン珈琲店」が目に入った。まだやっていることがうれしかった。

今日のにいがた、35度。あついあつい。年々汗をかきにくくなっている気もするけれど、それでもおでこの油と汗の量は子どもの時から変わらず、まだお昼だというのに前髪ぺとんになっている。

なんかさっぱりとした炭酸が飲みたいな。ちょっとひと休み・・・と、小学生の時恋い焦がれて以来、実に15年越しくらいの想いを胸に、階段をのぼった。

 

 

 

 

入ると、たばこのにおいがこもっているのをすぐさま感じる。そして、まだ昼なのに薄暗い。甲子園のテレビが流れていて、騒がしい。なんというか、おじいちゃんの家という感じだ。優しそうなママさんが、お冷をもってきてくれる。

 

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ココアがおいしいとフォロワーさんが言っていた。後ろの女性も「アイスココアで」と言っている。アイスココアに惹かれながらも、今はさっぱり炭酸な気分なので、レモンスカッシュを注文することにした。マスターらしきおじいちゃんに注文すると、「え?え?」と何回か聞き返されてひるむ。耳が遠いらしい。

 

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しゅわしゅわと水玉もようがかわいい。レモンの薄切りもシンプルでいい。ただ、さくらんぼがなかったことが残念。ちがう、それはフロートか。

 

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それぞれの時間。

 

私のレモンスカッシュが半分なくなった頃、外国人カップルが来店した。

女の子が、「ice latte」と当たり前だけど本場の発音をして注文しているのだけど、おじいちゃんには分からない。は?は?と言っている。

うしろを振り返って、「あいすらてです」と言いたかったくらいだけど、ようやくおじいちゃんに通じたらしい。しかし、この店にラテなんておしゃれな飲みものは、ない。結局、アイスコーフィーを飲みながら、しばらく談笑していた。

 

 

 

 

その他には、パソコンで仕事をしている風の若者が奥の席にひとり。

ここでノマドワーカーするとは。

でも確かに、家みたいで落ち着くかも。

テレビの音も、よい感じの家感。

 

わたしも、読書がはかどった。今読んでいるのは、宮下奈都さんの「太陽のパスタ、豆のスープ

 

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

太陽のパスタ、豆のスープ (集英社文庫)

 

 ドリフターズ・リスト(やりたいことリスト)を作って自分と向き合う。すごく共感する一冊で、あっという間に読み終えてしまった。

 

自分を探したって始まらない。私には何もないんだから。探すんじゃなくて、新しく付け加えるのだ。そうして、なりたい自分になる。そのためのリストだ。

 

やりがいのある仕事も、特技も、これといった生きる目的も、なーーーんにもない自分を、かわいがりたい。そうして、少しずつ付け加えていって、もっともっとかわいがることのできる自分になりたい。

 

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くまさんは、新聞読んで過ごしています。

 

 

薄暗いし、窓は汚れているけれど、ちらっと目を外にやれば、白山神社の真っ赤な鳥居がみえる。

 

 

拝啓:小学6年生のわたしへ。

人生けっこうつらいです。誰とも分かり合えないまま、自分は頭がおかしい、どうして普通になれないんだ、と苦しむ年月が続くでしょう。けれど、30近くなってようやく別にヘンでもいいやと思えるようになってきます。ふと見上げたパディントン珈琲店になにかを感じたのですね。その直感は正しいです。カフェが大すきになって、色々なカフェに行くことができるようになります。ただそれだけの人間です。

 

 

 

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